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東京地方裁判所 昭和49年(特わ)217号 判決

本店所在地

東京都新宿区西大久保一丁目四三九番地

株式会社西田観光

(右代表者代表取締役 西田幸雄)

本籍

東京都練馬区桜台一丁目三九番地

住居

同都同区中村北二丁目二四番一八号

会社役員

西田幸雄

昭和四年一一月三日生

右株式会社西田観光に対する法人税法違反、西田幸雄に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件につき当裁判所は検察官神宮寿雄、弁護人井本台吉、同山田有宏(主任)、同宮島康弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社西田観光を罰金五〇〇万円に、

被告人西田幸雄を懲役一〇月および罰金三、〇〇〇万円に、

各処する。

被告人西田幸雄において右罰金を完納できないときは、金五〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人西田幸雄に対し、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人鈴木正己に支給した分は被告人西田幸雄の、その余の分はその二分の一づつを被告法人株式会社西田観光および被告人西田幸雄の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告法人株式会社西田観光は、東京都新宿区西大久保一丁目四三九番地に本店を置き、キヤバレーなどの経営を営業目的とする資本金一、〇〇〇万円の株式会社であり、被告人は右会社の代表取締役として同会社の業務全般を統轄していたものであるが、被告人は、同会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ

一  昭和四五年四月一日から同四六年三月三一日までの事業年度における右会社の実際所得が三九八四万六三二九円あつたのにかかわらず、同四六年五月三一日東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号所在の所轄淀橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が六六八万一〇八三円であり、これに対する法人税額が二三一万六三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度の正規の法人税額一四三二万六六〇〇円と右申告税額との差額一二〇一万〇三〇〇円を免れ(修正損益計算書および税額計算書は別紙(一)(五)のとおり)

二  昭和四六年四月一日から同四七年三月三一日までの事業年度における右会社の実際所得が二六四七万九〇四九円あつたのにかかわらず、同四七年五月三一日前記淀橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四〇三万六五九九円であり、これに対する法人税額が一一四万四九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度の正規の法人税額九三九万二七〇〇円と右申告税額との差額八二四万七八〇〇円を免れ(修正損益計算および税額計算書は別紙(二)(五)のとおり)

第二  被告人は、神奈川県川崎市堀之内町四番地の一二に本店を置き、個室付浴場の経営を営業目的とする有限会社羽衣観光の実質上の経営者として同会社の業務を統轄していたものであるが、同会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、昭和四六年一〇月一日から同四七年六月三〇日までの事業年度における所得金額が六〇五五万三〇二八円であり、これに対する法人税額が二二〇五万六三〇〇円であつたのにかかわらず、売上を除外し仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、法人税の確定申告期限である同年八月三一日までに所轄川崎税務署長に対し法人税の確定申告書を提出しないで、右期限を徒過し、もつて不正の行為により右事業年度における右同額の法人税を免れ(修正損益計算書および税額計算書は別紙(三)(五)のとおり)

第三  被告人は、前記各会社の業務を統轄するかたわら滋賀県大津市雄琴町二七番一ほか三個所において、個人で個室付浴場を経営していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上を除外して仮名預金を設定するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和四七年分の実際の総所得金額が一億六二六四万九七八四円であり、これに対する所得税額は一億〇八七五万五九〇〇円であつたのにかかわらず、昭和四八年三月一二日東京都練馬区栄町二三番地所在の所轄練馬税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が三六八万五二一四円で、これに対する所得税額は五八万九一五〇円であるが、源泉徴収税を控除すると納付すべき税額がない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により右年分における正規の所得税額一億〇八七五万五九〇〇円と右申告税額との差額一億〇八七五万五九〇〇円を免れ(修正損益計算書および税額計算書は別紙(四)(六)のとおり)

たものである。

(証拠の標目)

判示全般の事実につき

一、被告人西田幸雄の検察官に対する昭和四九年二月六日付(甲)供述調書

一、第三回、第四回公判調書中の証人秋元実の各供述部分および同人作成の表二通(昭和四九年二月八日付)

一、大蔵事務官作成の昭和四八年九月一〇日付銀行調査書

判示第一の事実につき

一、被告人西田幸雄の検察官に対する昭和四九年二月九日付(乙)、同月一一日付各供述調書

一、西田たえの検察官に対する同年二月八日付、同月九日付各供述調書

一、証人久世貴一、同中沢隆次の当公判廷における各供述

一、第四回、第六回各公判調書中の証人大倉栄衛の各供述部分

一、登記官作成の昭和四八年一〇月一六日付登記簿謄本

一、押収してある確定申告書二通(当庁昭和四九年押第一四七八号の一七、一八)および決算資料二袋(前同押号の二〇、二一)

一、大蔵事務官作成の「売上明細と入金売掛金の明細」と題する書面(別紙(一)(二)の各番号〈1〉の各総売上高につき)

一、大蔵事務官作成の売掛金残高照合表および売上、売掛金集計表(別紙(一)(二)の各番号〈1〉の各総売上高につき)

一、大蔵事務官作成の「株式会社西田観光46/3期売上金推計」調査書(別紙(一)の番号〈1〉総売上高につき)

一  押収してある売上歩合明細等一袋(当庁昭和四九年押第一四七八号の一)、売上表等一袋(前同押号の二)、月間売上表一袋(前同押号の三)、個人売上成績表等一袋(前同押号の四)、売上集計票一袋(前同押号の五)、売上表一袋(前同押号の八)、売上等メモ写し(前同押号の九)、(別紙(一)(二)の各番号〈1〉各総売上高につき)

一、大蔵事務官作成の「現金売上金、売掛金回収額から支払われる直接経費合計表と推計」調査書、「各期末買掛金、未払金、未払費用、預り金」調査書および「(株)秋山商店からの現金裏仕入分」調査書、「取引金額」調査書(経費)(別紙(一)(二)の各番号〈3〉の各総仕入高につき)

一、大蔵事務官作成の給料月別合計表、集計表(別紙(一)(二)の各番号〈6〉の各従業員給料手当につき)

一、大蔵事務官作成の「47/1上期下期ゴールデンゲイトA店ホステス給料推計」調査書(別紙(二)の番号〈6〉の従業員給料手当につき)

一、大蔵事務官作成の「取引金額」調査書(経費)(別紙(一)の番号〈7〉ないし〈11〉、〈13〉ないし〈27〉の各経費科目、別紙(二)の番号〈7〉ないし〈11〉、〈13〉ないし〈25〉の各経費科目につき)

一、大蔵事務官作成の「租税公課」調査書(別紙(一)(二)の各番号〈12〉租税公課、別紙(一)損金算入加算税等、別紙(二)の番号〈41〉源泉税延滞金につき)

一、大蔵事務官作成の「貸倒金」調査書、「売掛金」調査書および中沢隆次、大倉栄衛作成の上申書(別紙(一)(二)の各番号〈28〉貸倒損失((売掛金))につき)

一、大蔵事務官作成の「ホステス別契約金、貸付金」調査書(別紙(一)の番号〈29〉貸倒損失((バンス))、〈30〉契約金償却、別紙(二)の番号〈26〉貸倒損失((バンス))〈27〉契約金償却につき)

一、大蔵事務官作成の各期末預金残高および受取利息の明細集計表((法人分))(別紙(一)の番号〈31〉受取利息、別紙(二)の番号〈30〉受取利息につき)

一、大蔵事務官作成の銀行借入金合計表(別紙(一)の番号〈33〉支払利息割引料、別紙(二)の番号〈32〉支払利息割引料につき)

一、大蔵事務官作成の46/3期事業税計算書(別紙(一)の番号〈34〉事業税認定損につき)

一、大蔵事務官作成の昭和四九年二月二〇日付事業税計算書(別紙(二)の番号〈29〉事業税認定損につき)

一、大蔵事務官作成の「権利金償却」調査書(別紙(一)の番号〈35〉権利金償却、別紙(二)の番号〈27〉権利金償却につき)

一、大蔵事務官作成の「スカウト料」調査書(別紙(一)の番号〈44〉スカウト料、別紙(二)の番号〈46〉スカウト料につき)

一、大蔵事務官作成の「寄付金損金不算入額の計算」と題する書面(別紙(二)の番号〈44〉寄付金損金不算入額につき)

別紙第二の事実につき

一、登記官作成の昭和四九年一月一六日付登記簿謄本

一、大蔵事務官山口清仲作成の証明書

一、畑輝勝の検察官に対する昭和四九年二月一〇日付供述調書(甲)(七枚目表から同裏六行目まで、八枚目表七行目から同裏六行目までを除く)、同日付供述調書(乙)(第五項以下を除く)

一、被告人の検察官に対する昭和四九年二月一七日付供述調書(乙)

一、黒岡静子の検察官に対する供述調書

一、大蔵事務官作成の「売上」調査書(記録第5号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈1〉総売上高につき)

一、大蔵事務官作成の「人件費」調査書(記録第6号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈2〉人件費につき)

一、大蔵事務官作成の「水道光熱費」調査書(記録第7号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈3〉水道光熱費につき)

一、大蔵事務官作成の「顧問料」調査書(記録第8号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈4〉顧問料につき)

一、大蔵事務官作成の「接待交際費」調査書(記録第9号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈5〉接待交際費につき)

一、大蔵事務官作成の「保健衛生費」調査書(記録第10号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈6〉保健衛生費につき)

一、大蔵事務官作成の「福利厚生費」調査書(記録第11号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈7〉福利厚生費につき)

一、大蔵事務官作成の「修繕費」調査書(記録第12号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈8〉修繕費につき)

一、大蔵事務官作成の「消耗品費」調査書(記録第13号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈9〉消耗品費につき)

一、大蔵事務官作成の「広告宣伝費」調査書(記録第14号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈10〉広告宣伝費につき)

一、大蔵事務官作成の「通信費」調査書(記録第15号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈11〉通信費につき)

一、大蔵事務官作成の「雑費」調査書(記録第16号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈12〉雑費につき)

一、大蔵事務官作成の「受取利息」調査書(記録第17号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈13〉受取利息につき)

一、大蔵事務官作成の「退職金」調査書(記録第18号と表示されているもの)(別紙(三)の番号〈14〉退職金につき)

判示第三の事実につき

一、被告人の検察官に対する昭和四九年二月一四日付供述調書二通

一、押収してある所得税確定申告書等一袋(当庁昭和四九年押第一四七八号の二二)、手帳一冊(前同押号の一三)、預金通帳一〇冊(前同押号の一〇、三〇)

一、西田たえの検察官に対する昭和四九年二月七日付供述調書

一、稲垣忠司の検察官に対する昭和四九年二月一二日付供述調書(三枚目表八行目から同裏二行目下から三字まで、五枚目裏四行目から七枚目表七行目まで、一五枚目表九行目から一六枚目裏四行目まで、一八枚目表七行目から同裏五行目までを除く)

一、上原秀樹の検察官に対する昭和四九年二月九日付供述調書(一一枚目裏一二行目から一二枚目表八行目まで、三〇枚目裏一行目から三一枚目裏一〇行目までを除く)

一、上原直行の検察官に対する供述調書

一、大蔵事務官作成の「売上」調査書(所記録第7号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈1〉総売上高につき)

一、大蔵事務官作成の「雑収入」調査書(所記録第8号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈11〉雑収入につき)

一、大蔵事務官作成の「人件費」調査書(所記録第9号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈12〉人件費につき)

一、大蔵事務官作成の「水道光熱費」調査書(所記録第10号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈13〉水道光熱費につき)

一、大蔵事務官作成の「広告宣伝費」調査書(所記録第11号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈14〉広告宣伝費につき)

一、大蔵事務官作成の「福利厚生費」調査書(所記録第12号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈15〉福利厚生費につき)

一、大蔵事務官作成の「公租公課」調査書(所記録第13号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈16〉公租公課につき)

一、大蔵事務官作成の「修繕費」調査書(所記録第14号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈17〉修繕費につき)

一、大蔵事務官作成の「消耗品費」調査書(所記録第15号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈18〉消耗品費につき)

一、大蔵事務官作成の「接待交際費」調査書(所記録第16号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈19〉接待交際費につき)

一、大蔵事務官作成の「旅費交通費」調査費(所記録第17号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈20〉旅費交通費につき)

一、大蔵事務官作成の「土産品経費」調査書(所記録第18号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈21〉土産品経費につき)

一、大蔵事務官作成の「減価償却費」調査書(所記録第19号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈22〉減価償却費につき)

一、大蔵事務官作成の「支払利息」調査書(所記録第20号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈23〉支払利息につき)

一、大蔵事務官作成の「雑費」調査費(所記録第21号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈24〉雑費につき)

一、大蔵事務官作成の「事業税認定損」調査書(所記録第22号と表示されているもの)(別紙(四)の番号〈25〉事業税認定損につき)

(弁護人の主張に対する判断)

一、推計計算の合理性について

1、弁護人の主張の要旨

被告法人株式会社西田観光の昭和四六年三月期の所得(判示第一の一の事実)の計算上、ゴールデンゲイトA店およびB店の売上げ推計計算の方法は基礎資料のとり方に合理性がなく、かつ納税者有利の原則に合致しないのでむしろ推計方法としては確実な資料の存する銀行入金額を基礎として推計すべきである。

2、当裁判所の判断

前記証拠の標目中、判示全般、判示第一の事実の冒頭および総売上高について掲げた各証拠によれば次の如き事実が認められる。

〈1〉 株式会社西田観光の昭和四六年ごろの営業状態と売上金の管理

株式会社西田観光は昭和四一年ごろから昭和四七年末ごろまで東京都新宿区西大久保においてクラブ、ゴールデンゲイトA店および同B店を経営しており、ゴールデンゲイトA店は男子従業員一〇名位、ホステス三五名位、同B店は男子従業員一五名位、女子従業員五〇名位の規模であつた。

さらに両店の遊興飲食代は他店と比較して高額なものであつた。(証人中原稔の当公判廷における供述)毎日の売上金の管理の実情は、その日の現金売上分と当日入金した売掛金回収分(当日の売上げとまつたく関係のない額)を合算した額から当日の出金額(当日現金で支払つた現場経費、ホステス指名料の払戻額等)を差引た残額を、その明細を記した売上メモ(当日の売掛金売上も判明するもの)と伝票類とともに、被告人西田幸雄が毎日自宅へ持ち帰つたうえ、翌日他店(ゴールデンコンパ)の売上げと一括して東京信用金庫中野坂上支店の株式会社西田観光の当座預金へ預金する取扱いとなつていた。

なおゴールデンゲイトA商、同B店の一日の売上げの七〇%前後は売掛金となり、そのうちクレジツトカードによるものは各クレジツト提携銀行の株式会社西田観光の口座へ、小切手等によるものはおおむね三井銀行練馬支店の株式会社西田観光の口座へ振り込まれ、その他は後日現金持参のうえ支払われていた。また四五日ないし六〇日後に入金しない売掛分については原則としてホステスが立替払をする立前となつていたが、厳格に実施するとホステスに支払う給与がなくなり、ホステスが退職してしまうなどの理由で一定時期までに売掛金がすべて回収されるということはなかつた。

〈2〉 売上げを示す資料のうち残存するもの

右売上げを直接、間接に示す資料としては、ゴールデンゲイトA店については昭和四五年五月分、一〇月分、昭和四六年二月ないし昭和四七年五月までの各月の売上を記載した表、ゴールデンゲイトB店については昭和四五年七月分、一〇月分、昭和四六年四月ないし昭和四七年四月までの各月の売上げを示す表、および昭和四四年ごろからの売掛金台帳、前記各銀行の預金の入金状況を示す資料が存するのみで、その他の伝票、帳簿類は残つていない。

〈3〉 推計の方法について

前記の如くゴールデンゲイトA店、B店の昭和四六年三月期(昭和四五年四月ないし昭和四六年三月)の各売上げを直接示す資料が存しないため推計計算をせざるを得ないのであるが、A店B店は前記〈1〉の如き営業規模、業態であり、かつ一部にしろ実際額を示す資料が存するのであるから近隣の同業者比率をもつて推定するのは必ずしも相当ではなく、また銀行入金額を基礎とすることも合理的とは言えない。なぜなら前記〈1〉の如く日々の銀行入金額には当日の売上げとは言えない売掛金回収額が含まれており、かつ現金売上げより売掛金売上が圧倒的に多く、その回収期間が一定しているとは言えない本件については、銀行入金額の合計額をもつてその期の売上げ額とすることは、売掛金売上げの額が無視し得る程度額であれば格別、売掛金の期末残高が昭和四五年三月末で貸倒金を除いても一四四七万一二三〇円、昭和四六年三月末 で二三七五万八九一〇円にものぼり(売掛金調査書)、前期の売上となる売掛金の支払分が当期に入り、あるいは当期の売上げとなるべき部分が翌期に繰越される危険が極めて大であるといわざるを得ないからである。

検察官の推計方法は実際額の全額の判明する唯一の年度である昭和四七年三月期のうちA店、B店について、それぞれ昭和四六年三月期の実際額の判明する月と昭和四七年三月期の同じ月の売上げを対照すると、昭和四六年の月が昭和四七年の月の売上げのほぼ九割程度(但しA店の昭和四六年三月分売上げは昭和四七年三月分のそれより多く、一一割程度になる)になることに着目し、その割合の平均値(比率の異常な右三月分を除き)を昭和四七年三月期のA店B店のそれぞれの総売上げに乗じてそれぞれの昭和四六年三月期の総売上げを求めたものである。右の推計結果により出た二店の売上額とゴールデンコンパの売上げ額の合計額に対する諸経費控除後の当期利益の割合をみると、被告人のほぼ目算としている一〇%程度(被告人西田幸雄の検察官に対する昭和四九年二月六日付供述調書乙)、に近い約一一、一九%となり、結果的にも相当なものであると考えられ、かつ実際売上額の判明する月の数字にできるだけ依拠している点で他の方法に比し実際総売上額に著しく離れる危険性が少ないものと考えられる。

右推計方法が資料の乏しさから完全であるとは言い得ないことは弁護人指摘のとおりであるが、総合的に比較考量した場合には十分合理性をもつものとして採用でき、弁護人の主張は結局採用できない。(なお弁護人は昭和四七年末以降判明した売掛金の回収不能額、従業員の横領額の存在を指摘し、利益の減少の可能性を指摘するが、いずれも本件公訴事実となつている年度においてはいまだ損金として計上し得る状態であつたとはいえず((第六回公判調書中の証人大倉栄衛の供述部分))本件に関連する主張とは言えないと考えられる。

二、所得税ほ脱の犯意について

1、弁護人の主張の要旨

被告人西田幸雄は前記株式会社西田観光の法人税法違反事件につき昭和四七年九月一二日に捜索差押をうけ、その際被告人西田幸雄個人の所得税申告に必要な資料をも全部差押えられたため、昭和四八年三月一五日の所得税申告期限前に国税局係官に対し個人関係の資料の返還を求めたが法人税法違反で調査中であるとの理由で拒絶されたため、やむを得ず手元に資料のあるもののみとりあえず申告し、その他は後に修正申告するつもりであつたので所得税ほ脱の犯意はなかつた。右事実を裏付けることとして、被告人は所得税法違反による告発前に国税局係官から大津トルコ(特殊公衆浴場)羽衣、同白雪の売上げメモを貫つた事実があり、また経験則上も法人税法違反により査察を受け、個人関係の資料を押収された者がその資料に関連する所得税をほ脱する企図に出ることは考えられない。

2、当裁判所の判断

証拠の標目中判示第三の事実冒頭掲記の各証拠によれば、本件ほ脱は昭和四七年一月から一二月までの期間における、神奈川県川崎市所在のトルコ歌川、同羽衣、滋賀県大津市所在のトルコ白雪、同羽衣の入浴料収入、土産品収入から生ずる所得につき行なわれたものであるところ、被告人西田幸雄は昭和四七年九月一二日の法人税法違反による捜索差押の際に貸金庫に隠匿した一部の仮名預金通帳類を発見されなかつたことなどから、法人税法違反の調査が所得税のほ脱調査にどの程度を及ぶかを観察しながら、自己の所得税申告の態度を決し、できれば高額の所得税納税を避けたいと考えて、事業所得につき自己に判明する限りの概算額で申告することもせず、比較的少額の給与所得、不動産所得のみを申告し、昭和四八年三月一五日の申告の際にはその事情も告げずに判示の如く高額の事業所得額を全額申告しなかつた事実が認められ、右事実に前記捜索差押後も昭和四七年一〇月末ごろまで仮名預金によるトルコ風呂収入を入金し、法人税法違反事実の摘発後も、個人所得に関しては適正な経理処理に改めた形跡がないこと(押収してある当庁昭和四九年押第一四七八号の三〇のうち田村みどり名義、野上幸子名義の普通預金通帳)および前記貸金庫に預金通帳等を隠匿していたことをも考え合わせると被告人西田幸雄は昭和四八年三月一五日の時点において適正な所得税の申告する意思を有せず、むしろでき得れば所得税をほ脱したいとの犯意を有していたことが推認でき、被告人は昭和四九年二月六日付の検察官に対する供述調書(乙)で右に添う供述もしているもので、被告人が所得税を免れるため過少申告をしたことが十分認定し得るのである。被告人は当公判廷において弁護人の主張に添う弁解をするが、国税局係官はともかく、被告人自身は自己の事業所得の内容とその所得の実際額を示す各仮名預金の所在と確認方法を十分知つており、(各トルコ風呂の収入はすべて店別、日別に別個の仮名預金に入金されており他と混同するおそれはなかつこ)またその売上げの概算額程度は十分知悉し申告し得たこと、かつ仮に弁解どおりであれば、申告に大きな誤りがあり、ただちに修正申告する旨の意思を被告人自身が国税局係官に対し述べる機会が再三あつたと考え得るのにかかわらずまつたくそのような行動をとつていないことに照らしても弁解はやや不自然であつて措信し難いものがある。また被告人の意思を国税局に伝えたと言う第一一回公判調書中の大倉栄衛の供述部分も、事柄の重大性に比しその方法、相手方が誰か等明確でない点が多く措信し難い。

なお被告人の当公判廷における供述および押収してあるメモ二通(前同押号の三一、三二)によれば昭和四八年一〇月ごろに至つて被告人は修正申告のための準備を弁護士を介して具体的に開始したことが認められるが、その時期からみて前記認定と何等矛盾するものではない。結局弁護人の主張は採用できない。

(情状について)

被告人西田幸雄は大学卒業後肺結核で長期の療養生活をし、貧困ななかで昭和三三年ごろから妻と協力し個人で小さなバーを経営するようになり、その後も質素な生活と非常な勤勉さによつて次々と他のバーを買収して経営を拡大し、昭和四一年ごろには判示の如く、比較的規模の大きなクラブ数軒を持つに至り、さらにはいわゆるトルコ風呂が大きな収益をあげることを聞き、会社組織や個人で川崎市、大津市等にトルコ風呂を開店し巨額の利益を挙げるようになつたが、適切な助言もなかつたため次第に独善的となつて、生活態度も乱れ、社会的に適正な事業収入を得ることでは満足せず、税金についてはむしろこれを免れたいと考え、本来必要な帳簿類を記帳せず、申告に際してはまつたく恣意的に過少申告、または無申告とするなどして本件を惹起するに至つたものである。

その方法は幼稚で、関与税理士の迎合的な姿勢も寄与しているとは言え、結果の脱税額は合計一億五〇〇〇万円余に及ぶ多額で、所得税については前記の如く大胆なほ脱を企図したこともうかがえ、トルコ風呂の風俗上極めて危険な経営実態とも合わせ考慮すると、被告人の今後の事業人としての自覚と反省を厳に促す必要がある。もつとも現在では本件について十分に反省し、脱税額も延滞税以外は完納し、トルコ風呂の経営とも一応離れていること、別件の贈賄罪とは併合審判の可能性があつたこと、その他諸般の同被告人に有利な事情をも考慮して主文のとおり量刑した次第である。

(法令の適用)

一、構成要件該当

被告法人株式会社西田観光につき

判示第一の一、二の各事実につき 法人税法一六四条一項、一五九条

被告人西田幸雄につき

判示第一の一、二、第二の各事実につき 法人税法一五九条

判示第三の事実につき 所得税法二三八条

一、刑種の選択

被告人西田幸雄につき

判示第一の一、二、第二の各事実につき 懲役刑選択

判示第三の事実につき 懲役刑、罰金刑併科

一、併合罪加重

被告法人株式会社西田観光につき

判示第一の一、二の各事実につき 刑法四五条前段、四八条二項

被告人西田幸雄につき

判示第一の一、二、判示第二、判示第三の各事実につき 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も犯情の重い判示第三の罪の刑に加重)

一、労役場留置

被告人西田幸雄につき

刑法一八条

一、執行猶予

被告人西田幸雄につき

刑法二五条一項

一、訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 安原浩)

別紙(一)

修正損益計算書

(株)西田観光

自 昭和45年4月1日

至 昭和46年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

(株)西田観光

自 昭和46年4月1日

至 昭和47年3月31日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(三)

修正損益計算書

(有)羽衣観光

自 昭和46年10月1日

至 昭和47年6月30日

〈省略〉

別紙(四)

修正損益計算書

西田幸雄

自 昭和47年1月1日

至 昭和47年12月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙(五)

税額計算書

株式会社 西田観光

有限会社 羽衣観光

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別紙(六)

税額計算書

西田幸雄

(昭和47年分)

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自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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